変わる時代、変わらぬ想い。原点は宇部

村岡嗣政さん                    
H3年(1991年)卒業  #第40回記念寄稿

山口県知事 

私が宇部高に入学した1988年は、バブル景気の絶頂期。あの時代特有の高揚感に満ちた空気の中、私は「宇部高をもっと楽しくしたい」と考え、当時ブームだったバンドを仲間と結成しギターを演奏、新聞部では思いの丈を綴り、生徒会長として文化祭や体育祭、クリスマスライブの企画に没頭していました。

その一方で、成績は常に最下位クラス。赤点を取っては、温情に満ちた追試に救われ、かろうじて進級だけはしていました。転機となったのは高3の春。初めて訪れた東京の街の圧倒的なエネルギーに衝撃を受け、「絶対ここに来る」と心に誓い、一念発起。北予備での浪人生活を経て、念願の東京での進学を果たしました。

しかし、その頃にはバブルは崩壊。地方経済の厳しい落ち込みを感じながら、宇部高での日々を思い出し、「今度は、地方の力になりたい」という思いが芽生えました。官僚を志し各省庁を訪ねる中、自治省(現・総務省)で出会ったS53年卒の山崎重孝先輩(元内閣府事務次官)に「宇部高なら、うちが合う。うちに来い」と強く誘われ、進路を決めました。

入省後は自治体勤務や、本省で地方財政の制度立案などに奮闘する日々でしたが、2014年、前知事の突然の退任から、急遽ふるさと山口の知事という重責を担わせて頂くことになりました。知事となり、山口の様々な可能性に気づきますが、中でも瀬戸内一帯の産業力は高く、一層の強化により県の活力を高めるべく取り組んでいます。

34年前の卒業式。退場直前、私は「ちょっと待った!」と声を上げて壇上に上がり、卒業生全員で万歳三唱。皆でクラッカーを一斉に鳴らして、賑やかに卒業しました。このサプライズは今も受け継がれ、来賓として出席するたび、後輩たちがそれぞれの演出で高校生活の最後を締めくくります。その光景を見るたびに、宇部高時代がよみがえり、気持ちを新たにしています。

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