今につながるニューカッスルでの試練

渡辺大介さん
H5年(1993年)卒業  #第40回記念寄稿

1990年に私が宇部高校に入学してすぐ、宇部市の姉妹都市ニューカッスル(豪州)への交換留学生の募集が校内でありました。好奇心の強い母(宇部高卒業生)になかば押されるようにして応募したところ、「派遣決定」の通知をいただきました。

 こうして、高校1年生の夏休みに、3週間オーストラリアでホームステイしながら、現地の高校に通うことになります。
 それまで外国人にほとんど接したこともなく、中学卒業レベルの英語力しかない内気な16歳が、突然カンガルーの国に強制送還。当然、試練が待ち受けていました。
 現地の高校に通いながらクラスで一日を過ごしますが、いろいろ話しかけられても、全く聞き取れない。夜はダンスパーティや、怪しい男女の集まりにも連れていかれますが、自分は踊りも歌もできません。ませた現地の高校生たちに囲まれて、赤子のような気持ちで過ごす試練の3週間でした。

 そんな苦い経験の中でも、強く感じたことがあります。

 “英語が使えて、外国の人たちとちゃんと関わることができたら、どれだけ自分の世界が広がるだろう”という思いです。

 大学卒業後は、日本輸出入銀行(現、国際協力銀行)に就職し、今はJICA(国際協力機構)で働いています。これまで、ブラジル、インド、フィリピン、アフリカの国々や大洋州の島国に出張したり、家族でベトナムに3年間駐在したりしながら、今はトルコで単身赴任中です。

 トルコに来てからも、仕事のお相手が実は宇部高出身の大先輩であったりと、素敵なご縁があります。
 宇部高校1年生の夏休みの体験。当時は “試練”だと思っていたことが、その後の自分の進む道を作る大事な“縁”となりました。

“チャンスはピンチの顔をしてやってくる” 
高校1年生当時の自分に声をかけるとすれば、この一言ですね。

 最近、母(76歳)が水墨画を習い始めたそうです。相変わらずの好奇心と行動力。大先輩たちには負けてはいられません。

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